自然とは厳しいものだ。そんな中、チョウたちは健気に生きている。
昨日に続いて今日もジャコウアゲハの話題で恐縮ながら、我が家のベランダで昨年からジャコウアゲハを飼育し始めて、いまさらながら自然の厳しさというものを感じている。エサとなる植物は限られ、その植物は人間の都合で刈り取られたり、除草剤を撒かれたり、必ずしもエサが安定して得られるわけではない。土手の草などは大水で根こそぎなくなることもある。昨年がそうだった。一族が皆、急に食糧難に陥る。あるいは、卵を産む場所が見当たらずに、メスたちは右往左往する。

飼育するにあたってエサの安定化を図ろうと、今年のシーズン用にベランダの2つの植木鉢に支柱を立てウマノスズクサを何株か植えていたのだが、それだけでは幼虫たちの旺盛な食欲を満たせないことはシーズンが始まってすぐに気づいた。したがって、葉っぱがなくなりそうになるとその前に新しいものを採ってくることになった。しかし、いくら根を付けたまま持ってきても、それが根付く前に丸坊主になってすぐ枯れてしまい、結局切り花と同じなのだ。何度も繰り返し新鮮なものを採ってくるしかなくなる。しかし、採ってきても、幼虫たちはちょっと性格が悪い。仲間がいる同じ茎を途中で噛み切ってしまう。するとまだたくさん葉がついていても、それから先はすぐしおれてしまいエサが長持ちしなくなる。仲間同士生存競争からか相手のことは気にもしていない。要は強い者勝ちの世界。

我が家のベランダから巣立ったものか、はるばるどこかから飛んできたものか知らぬが(たぶん前者だろう)、メスがベランダを行ったり来たりするようになった。日に何度も複数の個体が訪ねてくる。その時、新鮮な葉が残っていれば、それに卵を産み付ける。しかし、そこに食欲旺盛な最終齢に近い大きな幼虫が2-3匹でもいれば、たちまちその葉も食べつくされてしまい、卵が孵化してもおそらく食べる葉っぱは残っていないだろう。さらに酷いことには、大きな幼虫たちは目の前の葉っぱに産み付けられた仲間の卵まで葉っぱと一緒に食べてしまう。いくつも卵が産み付けられた葉っぱがあり、そのすぐそばに幼虫がいたのでどうするか気になっていたが、少し時間をおいて見に行ったらきれいさっぱりなくなっていた。葉っぱもろとも食べてしまったのだ。上の写真は、卵の手前まで葉っぱを食べ進んでいるところで、悲劇はこの後すぐに起こったのだ。
実際、卵から孵化したばかりの幼虫も、自分が入っていた卵の殻をまず食べつくしてから葉っぱを食べ始める。ということで、有り余る葉っぱでもない限り、せっかくの卵も単なるエサにしかならないということだ。十分は葉っぱがなければそれ以降は卵を産みにも来なくなる。エサの切れ目が、縁の切れ目。せっかくサンクチュアリができると思っていても、実現するのはそうたやすいことではない。下の写真で、手前の植木鉢には3-4株がうえられていたが、今や茎だけになっており、後からペットボトルに活けたものを6-7匹で食べている。

そして、最悪の事態がおこった。ベランダでのオープン空間での飼育とは別に、部屋の中で飼育箱での飼育もしていたが、その中には大小さまざまな大きさの幼虫が10匹ほどいて、その中の一つが数日前に飼育箱の壁面で蛹になった。しかし、8月24日朝起きてみると、中くらいの大きさの幼虫がこともあろうにその蛹をバリバリたべているではないか。これはショックだった。下の写真。黄色い蛹はもう半分以上食べられていた。そして、30分くらいして見ると、きれいさっぱり跡形もなかった。

飼育箱の中にはまだわずかだが緑の葉っぱは残ってはいたが、これはやはりエサが不足したため共食いを始めたもののようだ。それと、やはり過密飼育にも問題があったかもしれない。自然では、卵が全て順調に孵化し成虫にまでなることはなく、多くのものが淘汰されエサの量と個体数のバランスが微妙に保たれているのではないかと思う。今流行りの「3密」ではないが、今後の飼育に生かしたい。でなければサンクチュアリには程遠い。

以前に明治大学の生田校舎である先生がせっせとウマノスズクサを植えて、ジャコウアゲハを育てておられたが、幼虫・蛹を何者かに持ち去られてしまい、ウマノスズクサはあるものの全くジャコウアゲハが見られなくなっていたと残念がっておられたことを思い出す。どこかの新しい個体がこの十分なエサ場を見つけて再びその場所に帰ってきてジャコウアゲハのサンクチュアリになることを願う。

(Henk)

参考 蝶図鑑 ジャコウアゲハ

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